| 昭和26年 |
中学1年生から、高校3年生まで、バレーボール部の選手として活躍。 |
| 昭和32年 |
早稲田大学入学と同時に、テニス部に入り、本格的にテニスを開始。
全日本ジュニア・全日本選抜ジュニア・全日本招待ジュニア等のダブルス全タイトルを獲得。 |
| 昭和34年 |
関東学生選手権/関東毎日選手権 ダブルス優勝。 |
| 昭和35年 |
全日本学生選手権シングルス3位。同ダブルス優勝。 |
| 昭和36年 |
朝日生命入社。
デビスカップ。日本代表メンバーに選ばれる。
(対フィリピン戦に勝ち、決勝でインドに敗れる。)
シンガポール選手権シングルス優勝・ダブルス優勝・混合複準優勝。 |
| 昭和37年 |
関東毎日選手権ダブルス優勝。
全日本朝日招待テニス選手権ダブルス優勝。 |
| 昭和41年から43年 |
沢松和子(ウィンブルドンジュニアシングルス、ダブルス共に優勝。国内シングルス148連勝)を指導。 |
| 昭和42年 |
関西選手権シングルス、ダブルスともに優勝。
全日本選手権ミックスダブルス優勝。 |
| 昭和56年 |
ひろせテニススクールを開設。
現在 グリナード永山(東京都多摩市)
金沢テニススクール(神奈川県金沢区)
横浜グリーンT・C
コートピア大泉(アドバイザリー)
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昭和57年
から
平成2年 |
(財)日本テニス協会の、強化委員として、日本代表ジュニアナショナルチームの監督歴任。 |
昭和63年
から
平成2年 |
デビスカップ日本代表チーム監督を歴任。 |
| 平成元年から2年 |
(財)日本テニス協会。強化副本部長。 |
| 平成2年 |
北京アジア大会日本代表チーム監督。(女子。団体、シングルス優勝) |
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